【書評】「人を動かす「正論」の伝え方」藤井聡:譲れない思いを上手に話す技術

こんにちはー。くまぽろです。

自分が正しいと思ったことが、周りの意見とは違っていたために、意見が言えなくなってしまったり、あるいは言ったとしても全然取り合ってもらえなかったり、そういった経験は誰しもあるのではないでしょうか。

自分の考えが「正論」なのか見極め、それをどうすれば相手に伝えられるかを教えてくれるのが、京都大学教授・藤井聡先生の『人を動かす「正論」の伝え方』です。

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「人を動かす「正論」の伝え方」藤井聡

人を動かす「正論」の伝え方
著:藤井 聡(ふじい さとし)

★★★★★

自分の思いをうまく人に伝える方法を知りたい方、必見です!

概要

譲れない思いを上手に伝える技術!

正しいことを主張する時は
「言い方」が10割!

皆さんは「正論」と聞くとどんなイメージを持たれるでしょうか?

「どうもあいつは正論ばかり振りかざすヤツだ」とか、「正論を言う前に、あなたの本音が聞きたい」などと使われるように、あまりいいイメージを持たない人も多いのではないでしょうか。

これが欧米などの社会になると、かなり状況が異なります。
「正論」を主張するのは当たり前で、それが社会のためにもなるのだという確信の下、主張されるわけです。

ところが日本の場合、理屈が正しいかどうかより、その場の空気や流れを重んじます。
理屈では明らかにおかしいと思うことに対して、心の中ではおかしいと思っていても声を上げません。

「無理が通れば道理が引っ込む」という言葉があります。
いまの日本の社会を見ると、本来そうであるべき「道理」がことごとく端に追いやられ、間違った考えややり方=「無理」がまかり通っていることがそこかしこに見られます。

皆さんの職場を振り返ってみて下さい。
どう考えてもおかしいと思われるルールや習慣がありませんか?
出張の際のこまごました規定や持ち帰りの残業、恣意的な人事など、本当ならばおかしいと思われることがあっても、社内で異議を唱える人がいない……。
このままだと組織自体が潰れてしまうし、その前に自分自身が潰れてしまう。そういう切迫したケースもあるでしょう。

筆者自身、これ以上財務省の好きにさせていたら、日本が潰れてしまう。とてもこのまま見過ごしておくわけにはいかない──という思いから「積極財政論」という「正論」を主張し、徐々に賛同者を増やしてきました。
相手が巨大であるほど、それを覆すのは容易ではありません。
部下が上司に対して、正面から正論をぶつけても跳ね返されるのがオチでしょう。

ではどのように伝えれば、相手を動かすことができるのか、その戦略と法則を本書でじっくり確認してみてください。

【本書の構成】

はじめに 正しいことほど伝え方が難しい
第1章 正論とは弱者が強者に立ち向かう唯一無二の武器
第2章 人を動かすために必要な「方便」の使い方
第3章 正論の「組み立て方」と「通し方」
第4章 「敵」を説得する前に「味方」を増やすことが大事
第5章 人を動かすには「諦め」「意地」「媚び」が必要

ーーー以上はAmazonより引用。

感想

この2〜3年、「世の中で言われていることと事実は違う」ということをどう人に伝えればいいのか、ずっと悩んできました。

試行錯誤を通して、少しは相手に伝わえられたこともあったけれど、伝わらない、あるいは聞いてもらえそうにないことがほとんど。
自分でも気長な勝負だということはわかってきましたが、この本を読んで、やはり覚悟と根気が必要だなと改めて思いました。
 
 
著者の藤井先生も、これまでに世論と相対する数々の主張をされてきました。

積極財政論、
大阪都構想反対論、
コロナ自粛反対論、
グローバリズム反対論、、、

本書は、これらを伝えていくために、どのように準備し、機会を利用し、わかりやすく伝え、味方を増やしてきたか、という濃密な経験がぎっしりと詰まったものになっています。
 
 
しかし、特定の話をこう話せば伝わりやすい、というような固定された内容ではないので、読んですぐに実践できるかというと難しいです。
元々話すセンスの良い人は別かもしれませんが、わたしにとっては中長期的な課題だなと思いました。

どういったことに気をつけて相手と話すか、どういった取り組みを根気よくしていかなくてはならないかなど、本書を参考に、日々試しては見直して、積み上げていくしかないのだと、よくわかりました。
 
 
本書の中に「方便でわかりやすく伝える」という項があります。

ところで、方便として仏教でよく用いられたのが、比喩やたとえ話です。
仏法は深遠であるため、悟りに興味のない者にそのまま伝えても理解できず、無視されたり誤解されたりしてしまいます。
そこで、ブッダは比喩を多用して教えを説いたのです。

ブッダすら苦労してることなんだ…!とか思っちゃいましたよ。そんなん、わたしが悩んで当然でした。
たしかに、いま読んでいる『新約聖書』でも、キリストも何度も何度も、例え話を弟子や民衆にしています。

この「興味のない人」に聞いてもらう、関心をもってもらう、っていうのが本当に難しいですよね。

今の世の中で、大手メディアの報道の嘘がいかに多いか、報道されないことがいかに多いか、常識と思われていることがいかに間違っているか、そういったことに気づいていない人に気づいてもらわないと、世の中が変えられない。

あるいは、先のブッダやキリストの教えのように、より良い自分、立派な自分になる=幸せになれる、と気づいていない人に気づいてもらわないと、より良い幸せな社会が作れない。

そのまま話しても、そもそも相手が問題意識を持っていないので伝わらないところを、方便を使って正しい方向への一歩目となる興味を向けてあげること。

やっぱりわたしはこれがやりたい。
その活動の最初の土台の一つとして、まずはこのブログをがんばっています。
 
 
あと、もっと知り合いを増やそう、とこの本を読む前後から漠然と思っていたのですが、そっちも少しずつ枝を広げていきたいです。

誰かと話す機会が増えれば、それだけ何かを伝えられるタイミングが多くなるでしょうし、また相手から受け取れるものも増えますしね。

遠い旅路ですが、一歩一歩がんばります!

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
以上!