【書評】「エルサレムのアイヒマン」ハンナ・アーレント:悪の陳腐さについての報告

こんにちはー。くまぽろです。

『武器になる哲学』という本でハンナ・アーレントを知り、そのうち読んでみようと思っていた『エルサレムのアイヒマン』

友達と月1くらいでやっている読書会で「犯罪」がテーマになったので、良い機会だと思い、手にとってみました。

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「エルサレムのアイヒマン」ハンナ・アーレント

エルサレムのアイヒマン
著:Hannah Arendt(ハンナ・アーレント)
訳:大久保 和郎(おおくぼ かずお)

★★★★☆

ナチス・ドイツでユダヤ人移送を担当する部署の責任者だったアドルフ・アイヒマン。
戦後1961年にイスラエルのエルサレムで裁判が行われ、彼はその罪を問われ、死刑となりました。

この本は、その裁判での議論内容の報告です。

帯には、「まったく思考していないこと、それが彼があの時代の最大の犯罪者の一人になる素因だったのだ」と書かれています。

内容はものすごくおもしろいんですがかなり読みづらく、調べながらでないと理解できない部分もあったので、その点で星4としています。

アドルフ・アイヒマンの人物像

1906年ドイツ生まれ。ナチスドイツの親衛隊隊員。最終階級は中佐。

ナチスドイツはユダヤ人大虐殺をしたことで有名だが、はじめの頃はユダヤ人に一応ちゃんと手続きさせて国外移住させていた(財産はふんだくるけれど)。
しかし、どんどん強制的移住(ゲットー、収容所または国外へ)になり、ついには収容所での大虐殺に至った。

アイヒマンはユダヤ人の移送を取り仕切る部署の責任者。
その部署のトップではあるが、ナチスの幹部とまでは言えないぐらいのポジション。

ドイツが戦争で負けると戦後身を隠し、名前を変えてアルゼンチンに移住。家族も呼んで貧しいながら暮らしていた。

アルゼンチンには元ナチの亡命者がたくさんいたらしい。
アイヒマンはそういう人達と話すときにはほとんど素性を隠していなかった。

ある日イスラエルの秘密警察に誘拐されて、エルサレムに連れてこられ、ユダヤ人国家であるイスラエルにて裁判で裁かれることになった。

アイヒマンがどんな人物だったかというと、大悪党だとかユダヤ人に対して憎しみがあったとかいろいろ宣伝されたが、実際はただの小役人だった。
簡単に言うと、昇進したいだけでせっせと仕事をしたという感じ。

裁判での主張としては、以下のようなことを述べている。

自分のやった業務については認めているが、自分がユダヤ人を殺害したのではない(しかし移送した結果、彼らのほとんどが死ぬことは理解していた)。

また、そのときのドイツではそれが法律で、自分はあくまで従っただけ。
服従は美徳であり、それをナチに利用されただけ。

判決は死刑で、控訴審でも変わらず。
その控訴審判決の2日後という極めて異例の早さで、絞首刑が執行された。

イスラエルとはどんな国か

イスラエルはユダヤ人国家。
1948年に建国し、国際的にも一応認められているが、元々その地域にはアラブ系の人々が居住しており、現在もパレスチナなどとずっと紛争を繰り返している。

なぜイスラエルができたかというと、ナチスの迫害・虐殺が大いに関係している。その虐殺にはユダヤ人が協力していた。

そもそもナチス以前からヨーロッパではユダヤ人が差別されたり嫌われたりしていた。
(本書はその前提で書かれているが、なぜそういう風潮だったのかは言及していなかったので、以下のユダヤ人の歴史部分は調べました)

紀元前にはユダヤ人の国があったが、ローマ帝国に滅ぼされてヨーロッパや中東など各地にちりぢりになった。

ユダヤ人とはユダヤ教を信仰している人々のこと。

キリスト教徒からは裏切り者と見られていて、差別の対象になった。
なぜかというと、イエス・キリストを売った裏切り者がユダヤ教徒だったから(と言われている)。
「最後の晩餐」の絵画にも描かれているユダという人物がユダヤ人で、キリストを敵にお金で売って裏切り、結果キリストは磔にされて死んだ。

ちなみに、ユダヤ教は教義が違うので、イエス・キリストをメシア(救世主)と認めていない。

ヨーロッパでは大多数がキリスト教徒なので、ユダヤ教徒をもともと差別的に見ていて、ナチスドイツがユダヤ人を追放するという政策をとったのも、そういう土台があったから。

また、差別されていたユダヤ人は職業的に制限されていて、キリスト教の人にとっては汚い仕事とされている金融業(=金貸し)をやっている人が多かった。
そして資本主義が進むにつれ金融業はどんどん儲かり、莫大な富や権力をもったユダヤ人が出てくる。そういう事情もあって二重に嫌われている。

(以前に記事を書いた『ザ・ロスチャイルド』はまさにユダヤ人大富豪の一族の話)

ユダヤ人の中にはシオニズムという思想を持っている人々がいる。端的に言うと、「ユダヤ人国家を再び作ろう」という思想。
そういった思想を持った人のことをシオニストと言う。

富と権力をもったユダヤ人シオニストがナチスドイツと手を組んで、一般のユダヤ人を虐殺することに協力していた。
収容所に送るユダヤ人の名簿リストを作成していたのはユダヤ人評議会の役員であり、ナチスは名簿を作れと言っただけで名簿の内容は評議会側に決める権利があった。
評議会役員には、その地域の名士であるユダヤ人がなっている。

シオニストがなぜナチスに協力したかというと、自分の身を守るためであったケースもあるが、協力して虐殺というセンセーショナルな出来事を起こすことで、国際的に「ユダヤ人かわいそう」という世論を巻き起こして、ユダヤ人国家イスラエルが国際的に承認されるように持っていくためだったと言われている。

感想

本書では数々のエピソードが語られ、アイヒマンがどんな人物だったかがよりよくわかるので、興味がある方はぜひ実際に読んでみてほしいと思います。

また、アイヒマン実験という心理学の実験も、知らない方はぜひぜひ併せて調べてみてください。
(検索すると解説しているサイトがたくさんあります。そのうちの一つをリンクさせていただきます)

上司からの命令などの圧力がある環境で、倫理的に良くないとわかっていることも命令されればやってしまう人はどれくらいの割合いるか、という実験です。
65%もの人が明らかにまずい命令に従ってしまい、さらに役割を分業して自分の責任が少し軽くなると、なんと93%もの人が従ってしまいます。

実生活の中での圧力を考えると、職を失う恐れがある場合がほとんどだと思うので、実際の割合はこの実験より高くなる可能性もありますよね。

わたしはこの実験を知ったとき、自分がこのコロナ禍でマスクをしない理由がはっきりと自覚できました。
「え、どういう関係があるの??」と思うかもしれませんが、とても繋がりが深いと思います。

まず、日常的にマスクすることは無意味どころか有害です。
きちんと倫理観のある有識者の方が論文など紹介してくれていますが、マスクは感染症対策として意味がなく、常時つけていることで低酸素&二酸化炭素過多になり健康に悪く、コミュニケーションも阻害し、子供の成長や発達にも害があることがわかっています。

ですので、正しくないこと(少なくとも自分がそう判断していること)に従うのは良くないとずっと思っていましたが、それに加えて、「自分が当たり障りなくマスクを付けた場合、そういった害があるのを知っているのに見て見ぬふりをすることになる」という倫理的な抵抗があるからだと気づきました。

もちろん虐殺につながるようなことを見て見ぬふりしているのとではさすがに罪の重さが違うとは思いますが、本質的には同じことではないでしょうか。
 
 
話を本に戻すと、著者のハンナ・アーレントはドイツユダヤ人でシオニズム運動にも関わった女性であるという事実も、非常に興味深かったです。
ユダヤ人に肩入れすることなく、とても中立的というか、感傷には流されない独自の視点で裁判を見つめていたことがわかります。

この本が出版された当時、ユダヤ人側にも責任があったとはっきり書いている点や、イスラエルがアルゼンチンで勝手にアイヒマンを捕まえて誘拐したのは国際法違反である点など、多くの論争が巻き起こったようです。
 
 
この本の難点としては、文章中に挿入句として入れられた注釈が多すぎて、文章が非常に読みづらくなってしまっていることですね。
一文を読んでいる間に主語が何だったのかわからなくなって、何度も読み返すはめになりました。笑

あと、わたしには時代背景、人物や事件の名称などの基礎知識がなかったため、「それ誰?」「それ何?」と検索して調べなくてはならないことが多かったです。
ブログにまとめるためにノートも取りながら読んでいたので、読み終わるのに3週間もかかりました…(白目)。

4,800円となかなかのお値段するのも驚きました。
でもお値段以上の価値はあったように思います。
以上!