【書評】「故郷を忘れた日本人へ」仁平千香子:なぜ私たちは「不安」で「生きにくい」のか

こんにちはー。くまぽろです。

以前に、京都大学教授・藤井聡先生の『人を動かす「正論」の伝え方』を紹介しましたが、その藤井先生が中心となって開講している表現者塾というものがありまして、そちらに4月から通い始めました。

月1回の講義で、毎回違う先生が登壇されるんですが、次の5月の講師の方の本をチェックせねば!ということで、仁平千香子さんの『故郷を忘れた日本人へ』を読みました。

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「故郷を忘れた日本人へ」仁平千香子

故郷を忘れた日本人へ
著:仁平 千香子(にへい ちかこ)

★★★★★

わたしはこれまで著者の仁平さんを知りませんでした。
正直、著者のことも内容についてもまったく知らない本を手に取ることって、なかなか無いような気がする…

たいていは、本屋さんで表紙や目次をパラパラ見たり、ネットで紹介されているのを見たりして、内容に興味を持って買う、とかになりますよね。

今回は藤井先生の表現者塾(と、あと雑誌『表現者クライテリオン』)というつながりだけで買って読んだわけですが、これがほんと〜に、ものすごく面白かったです!!

さすが表現者塾…!
なぜそんなにわたしに刺さるツボがわかるのか…!笑

概要

故郷を忘れた日本人へ
ーーーなぜ私たちは「不安」で「生きにくい」のか

◆目次
まえがき

1 計算尺クライテリオンを探して
ーーージョン・オカダ『ノーノー・ボーイ』を読む

2 記憶なき場所に故郷を探す
ーーー小林勝の「フォード・一九二七年」を読む

3 帰らなかった日本人妻たち
ーーー上坂冬子の『慶州ナザレ園ー忘れられた日本人妻たち』を読む

4 伝統の価値
ーーー石村博子の『たった独りの引き揚げ隊』を読む

5 辿りつけない故郷と日本への憎悪
ーーー引揚げ者たちの語りを読む

6 待つことが目的と化した人生の行方
ーーーサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を読む

7 生命の誕生という「保証のない旅」
ーーー金原ひとみの『マザーズ』を読む

8 不安という原動力
ーーーフランツ・カフカの「巣穴」を読む

9 愛という不都合な荷物
ーーージョン・スタインベックの『怒りの葡萄』を読む

10 光と闇の二元論を超えて
ーーー村上春樹の『アンダーグラウンド』を読む

11 自由は孤独であるという幻想
ーーーミヒャエル・エンデの「自由の牢獄」を読む

12 支配は胃袋から始まった
ーーー岡本かの子の「鮨」と野坂昭如の「アメリカひじき」を読む

13 本当の「つよさ」は幸福感から来る
ーーーデビッド・マッキーの『せかいでいちばんつよい国』を読む

あとがき

感想

仁平さんのプロフィールを調べてすぐ1985年生まれと知り、「え!歳近っ!」と勝手に親近感を持ちました。笑
(くまぽろは1984年生まれ)

本書は、章ごとに本を紹介しながら、その登場人物の自己がどのように形成されたのかを考察したり、現代の社会問題の裏にある人の心理とのつながりを掘り起こしたりしていきます。

上の目次を見て、「わ〜全然知らない!難しそ〜」と思った方、安心してください!わたしもさっぱり知りませんでした!

わたしは以前ダンスをやっていたので、6章の『ゴドーを待ちながら』(これは小説ではなく演劇)だけ、名前と内容をうっすら知っていたくらい。
それでも、問題なく読めます。

ちゃんと本書の中で、取り上げている本の内容を解説してくれた上で考察に入っていけるので、まったく難しくないですし、文章も読みやすいし、何よりおもしろい!です!
 
 
前半の1〜5章は、日本を離れて暮らす日本人の話を取り上げたものです。

例えば1章は、日本人の両親がアメリカに渡り、そこで生まれて育つ日本人二世の男の子の話です。
日本とアメリカの戦争中に、アメリカ人として日本と戦うために従軍するのか、それを拒否して敵性外国人として投獄されるのかを選ばされます。
自分は日本人なのかアメリカ人なのか、どちらとしても中途半端な自分を根無し草で不完全だと感じながら生きていきます。

これが本のタイトルである「故郷を忘れた日本人」と一番わかりやすく直結している話なのですが、ここでいう「故郷」というのは、「場所」に限定されるのではなくて、そこで生きている人たちの「文化」や「生き方」というようなものを指しています。

一般的な家庭だったら、お父さんお母さんがそれまで生きてきた生活習慣を子供もほとんどそのまま受け継ぎますよね。
食生活も「おふくろの味」が基準になるし、神社やお寺にお参りする信仰もそういうものだと思って育つし、同じ日本語を話すことによっても同じ言葉の幅や奥行きで物事を考えます。

そういう環境丸ごと全部を指して「故郷」と言っていて、そこに自分がしっかりと帰属しているという意識が、自分を肯定するため、つまりは幸せだと感じるために必要なのだということが、他の章でも共通して語られます。

外国で暮らすとそういった「故郷」から切り離されて、自分の心の根っこも切り離されたように感じてしまうなんてことを、今まで考えてみたことがなかったので、新しい気づきになりました。
 
 
また、本の後半は傾向が代わり、もう少し話の幅が広がります。

10章では、村上春樹さんがオウム真理教の被害者や教団メンバーにインタビューをして書き上げたノンフィクション、『アンダーグラウンド』という本が紹介されています。

事件当時、オウム真理教には多くの若者が含まれていた。彼らが求めたものは、「考えなくていい自由」であった。村上氏のインタビュー集を読むと驚かされることがある。信者の多くは、想像されたような狂信的な人々ではなく、中には真面目に人生について考え、哲学や歴史から答えを熱心に探っていた若者もいたからだ。彼らに共通するのは考えることに疲れていたということであった。
・・・(中略)・・・
自分が勉学しなくても、働かなくても社会はなんとなく回り、飢える心配もない。なんとなく生きていて問題ない世界で、生まれてきた意義や目指すべき生き方を社会も大人も与えられなくなっていた。
・・・(中略)・・・
信者たちは言う。麻原は全ての質問に答えをくれた。もう考えなくていい。やっと楽になれた、と。自ら思考する面倒を彼らは嬉々として放棄したのだ。しかし思考の自由を放棄した集団が辿った末路を見れば、そこが桃源郷でなかったことは明らかである。

ーーー『故郷を忘れた日本人へ』より引用

そしてここからがさらに面白いのだけれど、『アンダーグラウンド』では、誰かが決めた「答え」を盲目的に信じているのは教団信者だけじゃない、マスメディアを盲目的に信じている一般の人々も同じじゃないですか?、と問題提起しているんです。

「被害者=善=正義」(=報道を見ているわたし達)

「加害者=悪」(=わたし達とは違う、排除すべきもの)

という、マスコミが報道する構図を鵜呑みにしているのも、結局考えることを放棄してませんか?、と。

オウム真理教の事件だけではなく、今のロシア・ウクライナ戦争もそう。
アメリカなど西洋諸国が勝手に決めた「正義」の側から見て、「ロシアが一方的に悪」と決めつけた日本の報道を、疑問も持たずに信じ込んでいる人がほとんどです。

著者の仁平さんは、そうやって考えることを放棄してしまう人を大量に生み出してしまう社会を、変えていかなくちゃいけないのでは?と、章の最後で訴えています。

必要なのは恐怖と不安を煽るだけの報道ではない。若者に情報ばかりを詰め込んで、思考停止にする教育でもない。必要なのは、主体的に生きる意義に気づかせ、自ら考え、選び、決める若者を育てる教育であり、メディアこそその訓練を手伝うべき機関であろう。無意識に生きれば、外部の情報によって不安で足をすくめたくなるが、意識的に生きれば、自らの内側から湧き出る可能性に心を熱くせずにはいられない。

ーーー『故郷を忘れた日本人へ』より引用

ここの最後の文章、めちゃくちゃ好きです。
考える喜び、そうする自分への信頼が溢れていて、読む側にもその熱が伝わって、ちょっと目頭が熱くなっちゃいます。

本の全体を通して、そういう喜びや力強さが文章に出ているのが良いんですよ。すごく好きです。
 
 
いや〜、また素敵な本に出会えて嬉しいです。
積読がどんどん溜まってきているので、引き続きせっせと読みます!笑

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
以上!